
第75回全国大会 神戸大会の開催を控える中、今回は、長年にわたり神戸の都心部でそれぞれの立場からまちづくりに携わり、イベントや社会実験を通じて街の新たな可能性を模索してこられた3名にお集まりいただきました。
三宮中央通り、三宮センター街、旧居留地と、それぞれ異なるエリアで街と向き合ってこられた皆様の経験をもとに、これまでの取り組みや街に生まれた変化、そしてこれからの神戸のまちづくりについてお話を伺いたいと思います。
本年度、神戸青年会議所はスローガン「Progress ~共創都市神戸へ~」を掲げ、多様なパートナーとともにまちの未来を描く「共創」に取り組んでいます。第75回全国大会 神戸大会を控えたいま、まちを動かす実践者たちとの対話から、「共創都市神戸」を実現するためのヒントを探ります。
Special Guests

永田 耕一(ながた こういち)
永田良介商店 5代目/三宮中央通りまちづくり協議会 代表
1954年生まれ。1872年創業の神戸の老舗西洋家具店「永田良介商店」の5代目。1988年に5代目に就任。代々受け継がれてきた家具づくりの技術と文化を継承。三宮中央通りまちづくり協議会の代表として街の大型イベントを受け入れるとともに、パークレットや三宮プラッツなど、デッドスペースをウォーカビリティ向上に活用するといった、公共空間を活かしたまちづくりに長年携わる。1994年の世界会議神戸大会では実行委員長を務めた。地域事業者の立場から、神戸・三宮元町エリアのまちづくりに取り組んでいる。

植村 一仁(うえむら かずひと)
マック株式会社 代表取締役社長/神戸・三宮センター街1丁目商店街振興組合 副理事長
1975年生まれ。1895年創業のマック株式会社の5代目として、2007年に代表取締役社長に就任。神戸・三宮を拠点に、輸入子供服・雑貨の販売やオリジナル商品の開発などを手がける。三宮センター街での「三宮コレクション」「ヨルバル」などの企画や、神戸タータンに関する取り組みにも携わり、事業者の立場から神戸の魅力発信とまちの賑わい創出に取り組んでいる。

南 嘉邦(みなみ よしくに)
南株式会社 代表取締役社長/旧居留地連絡協議会 副会長・都心まちづくり委員会 委員長
1977年生まれ。1907年創業、神戸旧居留地を拠点にビル・駐車場(不動産賃貸)事業を展開する南株式会社の代表取締役社長。旧居留地連絡協議会の都心まちづくり委員会委員長として、景観維持から防災まで「守り」のまちづくりを担う。2025年11月にはアーバンチャレンジ実行委員会として社会実験「旧居留地テラスデイズ」を実施するなど、滞在型まちづくりの機動的な実践にも取り組んでいる。
永田 耕一(以下:永田)
植村 一仁(以下:植村)
南 嘉邦(以下:南)
松井 隆昌(以下:松井)
松井:現在、神戸青年会議所では、10月2日から4日に開催される第75回全国大会 神戸大会と、その記念事業「オータムフェスティバル」に向けて準備を進めています。
オータムフェスティバルは、神戸の都心再整備が進むなか、まちの新しい使い方を提案し回遊性を高められないかと2022年に始まった取り組みで、今年で5回目を迎えます。
本年は、これまで活用してきた3カ所の道路に加え、船による海上輸送も取り入れ、人が街をどう回遊するかをテーマに事業を展開します。
5年後、10年後に街がどう変わっていくのかをイメージしながら進めるなかで、今回は実施エリアでまちづくりに携わる皆様に、これまでの取り組みと今後への期待を伺います。

テーマ1 街を動かしたイベントの実像
松井:まずは、神戸の都心部で実施されてきた代表的なイベントを振り返ります。イベントを通じて地域や商店街、街区にどのような変化が生まれ、反対意見や課題をどう乗り越えてこられたのか。ほかの地域との違いも含め、神戸ならではの特徴をそれぞれの立場からお伺いします。
ではまず、永田現会長という立場で、中央通りなどで実施されてきた街のイベントについてお伺いできればと思っております。
「通りの名前を付ける」ことから始まったまちづくり
永田:中央通りっていうのは、基本的にはまちづくり協議会なわけで。だから、イベントをするだけの予算もないし、人もいない。
そういう中で何をしてきたかっていうと、まずは「この通りがどんな通りなのか」を考えるところから始まった。
その昔、三宮中央通りには正式な名前がなくて、「三宮裏線」と呼ばれていたんです。向こうが花時計線なのに、こちらは三宮裏線。それはさすがにどうなんだ、という話になりましてね。
そこで協議会をつくり、最初に取り組んだのが通りの名前を付けることでした。名称を公募して、多くの方に親しまれる通りにしようと考えたんです。
もう一つ、協議会ができたきっかけは、地下鉄と駐車場の工事でした。道路が2車線ほどしか残らないほど大規模に掘り返していたんです。
その時に、ただ元の状態に「復旧」するだけではなくて、これまでとは違う格好にしたいという思いがあった。それで神戸芸術工科大学の先生と一緒に、「じゃあ、この街を、この道をどうしよう」というところからスタートした。
だから、まさにまちづくりの一丁目一番地だったと言っても過言じゃないね。
それをずっと続けてきて、そんな中で、協定をつくりましょうという話をずっと進めてきて、今に至ってます。
近年は地域と連携したイベントも増えてきたけどね。ただ、ルミナリエみたいな大規模イベントは、いくら人が来ても地域の商売にはなかなかつながらへん、という課題も感じてたんです。
松井:ルミナリエには多くの市外の方が訪れます。それ自体は喜ばしいことですが、地域の商業にとって本当にプラスになっているのか、という疑問をお持ちだったんですね。
一方で、道路を活用したイベントでは、交通への影響も課題になると思います。この点についてはいかがでしょうか。
永田:道路を封鎖したからといって、特に大きな問題が起こるわけではなくて。ただ、どうしても「どこで渋滞が起こるのか」といった話が中心になる。
でも、今の神戸市内では、よっぽどのことがない限り、大きな渋滞が起こることはないんじゃないかと思ってます。

松井:三宮中央通りでは、歩行空間を広げる取り組みが進み、大丸前にはコンテナハウスも設置されています。どのような思いで進めているのでしょうか。
永田:基本的には、歩行者利便増進道路、いわゆる「ほこみち」に指定してもらったので、それをどう使うかという一つの方法ですよね。
今ある空間を有効に利用して、それを街にリターンできるような形にしたいという話はしています。なかなか作らせてもらえるものでもないので、うまくいけばいいですね。
松井:協議会として決まったビジョンがあるというより、いろんな方にとって使いやすい空間にしていこうということですね。
永田:いろんな方に、いろんな形で使ってもらえればいいんじゃないかと。特定の商売のためではなく、誰もが利用できる場所にしていければいいという話です。
今後は、おそらく車線をもっと減らして、森みたいな感じで緑の多い空間を作っていくことになると思います。
松井:緑を増やしていく計画があるんですね。
永田:神戸という街を考えた時に、大阪でも京都でもない何かをつくらないと、人は来てくれない。それは何だろう、という話なんです。
その一つが、やっぱり緑化やと思う。人がのんびり来て、ゆっくり過ごせるような街って、意外と少ないからね。いろんなものがきちんと揃った上で、そういう過ごし方ができる街にする。その方がベターであるかなとは考えてます。
松井:大阪、京都という近隣の大きな都市と比較して、もっとのんびり過ごせる。差別化をして、ゆっくり過ごせるようにしようと。
永田:だから、神戸に来る何か違う理由。大阪に行くのは行くで構わないし、京都に行くのも構わないけど、「神戸も寄って、ゆっくりしようかな」みたいな話になった方がいいよねって。
松井:神戸らしい、ゆっくり過ごせる街を目指しているということですね。ありがとうございます。
続いて植村さんにお伺いします。三宮センター街では、三宮コレクションや灘五郷酒造組合との連携事業など、さまざまな取り組みを積極的に行われている印象があります。こうしたイベントを実施するにあたり、ほかの街にはないセンター街ならではの魅力を高めるという観点から、どのような思いで取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

街の真ん中を「ショールーム」に
植村:センター街は基本的に商店街ですから、道路そのものをどうするかというより、そこにいる人をどう生かし、お客様に楽しんでいただくか。そのために街側が何をするのか、ということを考えています。
イベントは正直、よく「イベントで客を増やして売上を取ろう」みたいに言うけど、あれ、基本取れないですよ。人が増えすぎると、普段のお客様がかえって買い物しづらくなる面もあるからね。
では、なぜイベントをするのか。それは、普段とは違う街の表情をどう見せるか、ということなんです。
例えばファッションショーなら、その時だけアパレルを中心にテーマ設定をしたプロモーションをする。灘五郷さんとの取り組みなら、普段は灘や酒屋じゃないと分からない灘五郷の酒を、不特定多数の人が通るセンター街でプロモーションすることで、要するにタッチポイントを作るということだから。
そういう意味では、センター街のような街の真ん中の商業エリアは、今までにない体験を少しでもしていただくことが、基本的な目的にあるのかなと思います。
来ていただいたお客さんに、いつもと違うものを見せる。それが多分意味がある。毎日やってても意味がないし、その期間やシーズン、タイミングに合わせて、いろんな形でやるっていうのが基本かなと。
松井:単日というか、長期的な目線での街の使い方を提案されているようなイメージですかね。
植村:そうしたプロモーションによって、神戸を訪れる新しい動機が生まれますよね。
あるいは神戸の人でも、今まで知らなかったものを見るきっかけになる。そうすると、神戸の他のところに行こうという動機にもなるかもしれないし、出店した人の中で三宮でビジネスをしようと思う人が出てくるかもしれないし、いろんなパターンが出てくると思うので。
もちろん商店街っていうのは、本来はそこで商品を販売して、売上を上げて利益を生むというのが皆さんのやる流れだけど、特に都心型の商店街というのは、僕はショールームに近いなと思ってるので。
単なる販売ではなくて、街のプロモーションをする場っていう意味合いですね。
松井:特に印象的だったのが、昼間の三宮コレクションや灘五郷のイベントに加えて、店舗が閉まった後に「ヨルバル」を実施されていたことです。あれはどういった狙いだったのでしょうか。
植村:もともと三宮というより、神戸の街自体が「夜が早い」と言われています。夜になると、みんなJRの北側へ行ってしまって、南側は本当に人が少なくなる。センター街も同じような状況です。
地下には飲食店もありますが、ランチ営業で終わるところが多いんです。そこで、「もっと夜に、この界隈で人が過ごしている状態をつくれないか」と考え、実験的にヨルバルを実施しました。

出店していただいたのも、基本的には神戸市内の飲食店の皆さんです。センター街の店舗が閉まった後にも、多くの人が集まっている。そういう普段とは違う光景を、一度つくってみようと思ったんです。
松井:一つの社会実験のような。
植村:もう、完全に実験です。
センター街でやってることって、継続してやってるやつはプロモーションという意味合いがあるけど、ある程度やって途中で終わってるのって、ほぼ実験。
そういう意味では、いろんなパターンでチャレンジをしてみる。
今、センター街の真ん中にベンチを置いてるでしょ。あそこは公道なので、本来は簡単に置けるものではないんですけど、関係機関と協議して実現したんです。
そうやって、いろんな形で実験をしながら実績を積み重ねて、街の中に定着させていくというやり方をしてるっていう。
松井:すべては街をプロモーションするというところに帰っていくのかなと。
植村:そうでなければ、存在価値がないよね、ということです。
自分たちの店や商売のことだけを考えているのであれば、少し厳しいよねと。そうした個々の枠組みを越えて考えるために、協議会や商店街、さまざまな組合を含めた、いわゆる公的な会議体があるのだと思います。
松井:ありがとうございます。
続いて南さん、旧居留地連絡協議会の都心まちづくり委員会の委員長を務めていらっしゃるということで。
旧居留地は、イベントというよりは景観づくりであったり、神戸らしい時間を過ごすエリアとしてブランディングをされているイメージがあるんですが、協議会としてはどういったことをされているのですか?

「非日常を日常にする」旧居留地の挑戦
南:旧居留地連絡協議会は親睦に重きを置いてて、これまでは事業やイベントにはあんまり注力してこなかった、っていうのがありました。
ただ、ウォーターフロントや駅前の再開発が進む中で、「旧居留地連絡協議会ってこのままでいいの?何かしないといけないよね」という話が出てきた。旧居留地はイメージが先行しているけど、このままじゃまずいぞっていうことで、大丸を中心とした有志が集まって勉強会を始めたんです。
そこで、「じゃあ、これからの街ってどうしたらいいの」と考えた時に、ネックになったのが、家賃だよね。家賃が高すぎて飲食店がなかなか参入できないし、旧居留地で働いてる人が気軽に来られるご飯屋さんがない。
「じゃあどうしようか」という話になって、道路上を食堂にしちゃえ、ということでテラスデイズっていうイベントをやった。そのために「アーバンチャレンジ実行委員会」という、旧居留地連絡協議会とは別のチームをつくってチャレンジしたんです。
まちづくり委員会でやってることも、僕がやりたいことも、アーバンチャレンジでやってることも、目指している方向は同じで。旧居留地をもっと歩行者優先にしたい、大きな街路樹を植えたい、信号をなくしたい。
アーバンチャレンジでは、そういったことをやりながら、浪花町筋の将来像を変えていこうと。そのための社会実験をやっていこうというチームなので。
今はそこに向けて警察との協議もあるし、「チャレンジ」って謳ってる手前、毎年同じことをするわけにもいかない。だから、すごく大変で。

ただ、昨年のテラスデイズは本当に評判が良くて、「今年もやってほしい」「次はうちも出店したい」といった声をいただいています。ただ、今年は同じことを繰り返すのではなく、少し方向性を変えて、新しい取り組みに挑戦しようと考えています。
松井:そのテラスデイズも、道路を止めて?
南:浪花町筋を通行禁止にして、オリエンタルホテルと64(ROKUYON/神戸市立博物館前のカフェ・レストラン)にテーブルを並べてもらって、空いた区間では午前中にパンマルシェをやって、午後はそれこそバルみたいな形で出店してもらって。
松井:三井住友銀行の東側の、南北の道路ですね?
南:南北の道路を、金曜日の昼から日曜日の夜まで、3日間にわたって通行止めにしました。
松井:3日間ですか。

手応えというか、取り組んだ狙いというのは。
南:狙いはやっぱり旧居留地。僕が去年言ってたのは、「非日常を日常にする」。
来てもらった人に何か付加価値のある思い出だったりとか、旧居留地じゃないとできない体験をしてもらうと。
そのためには、やっぱり滞在時間を延ばさないといけない。滞在時間を延ばそうとすると、そういう休める場所が必要です。
それが大きな街路樹なのかもしれないし、カフェなのかもしれないし。そういう環境を整えていこうというふうに今は考えてます。
松井:とてもおしゃれな取り組みですね。
南:ありがとうございます。テラスデイズには、東京から参加してくださっている方をはじめ、本当に優秀なメンバーに関わっていただいており、皆さんと楽しく取り組んでいます。

テーマ2 人が集まり続ける街の条件
松井:皆様がそれぞれの協議会や組合で行われている事業は、行政によるハード整備に対して、神戸の街の価値を高める「ソフト」の部分を担っていると感じます。では、まず「この街へ行きたい」と思ってもらうためには、何が必要なのでしょうか。
永田:僕らの年代からすると、あまりガサガサしているのは苦手で。それなりにやはり人がいないとなかなか賑わいができないですし、かといって、やたらと人が動いているだけだと、いるだけで疲れてしまうというのがあるんですよね。
神戸はやはりそうはならないだろうと思いますし、逆に言うと、それを上手に使わないといけないのだろうなという気はしますね。
結局、JRの高架の南と北で、昼と夜がまるっきり違うんです。これをもう少し違う形にできるといいのかなと思うんです。
福岡なんて、中洲だけじゃなく、それが点在しているので、あまり昼と夜が違わないんですよね。だから、そういうことをうまくミックスできると、街が変わるんじゃないかな。
松井:神戸の場合は分かれすぎてしまっているから、もっとグラデーション的でいいのではないかと。
永田:もう少しこちら側、高架の南側に、夜に人を惹きつけられるようなものがあればいいですよね。
松井:南さん、それは昨年のテラスデイズでも、そういう意識はされましたか?
南:結局、夜に開いている店も少ないので、人は集まりにくいんです。
それは鶏が先か卵が先かという問題もあるのですが、面白い、美味しいご飯屋さんなど、目的があれば人は来ると思います。
松井:旧居留地はオフィスが多く、土日の通行量が少ないエリアもあります。旧居留地にとって、理想的な人の集まり方はありますか。
南:旧居留地連絡協議会としては、イベントを主催するというより、協賛や後援という形が中心です。

そこに魅力があるからこそ、アーバンチャレンジ実行委員会として、旧居留地連絡協議会に制度をつくってもらい、それを活用するチームが必要ではないかと考えています。旧居留地に対してはその需要があると思っているので、そこを担う団体を今作ろうとしています。
変えていくべきところと、変えてはいけないところの判断は難しくて、何もしなくていいのではないかと思っている方もいます。
新しいことにチャレンジすることが100%いいことだとも思いませんが、チャレンジしないと変わらないので、やらざるを得ません。魅力がないものは衰退していきますので、私たちは動きます。
ただ、そこの理解を得るというのは、旧居留地連絡協議会だけでなく近隣の地域もそうですが、ある程度の意思疎通がないと成功しないかなと思います。
松井:新しいチームでは、旧居留地内で人が過ごせるような場所を作っていくということでしょうか?
南:意外と、旧居留地で働いていて、会社もそこにあって、そこに通勤しているのに、旧居留地でご飯を食べたことがない、というような方も世の中にはいらっしゃるんです。
ですので、テラスデイズをやって、初めて「旧居留地っていい街ですね」と言ってくださる方たちがいたので、それが良かったなというふうに思っています。
松井:アーバンチャレンジのチームとしては、どういう状況が理想的なんでしょうか?
南:分かりやすく言うと、「上質な空間を演出する」ことがテーマです。滞在時間を1時間延ばし、買い物を終えた方が休憩したり、もう一度買い物や食事を楽しんだりすることで、新しい店も増えていく。そうした状況をつくりたいと思っています。
松井:今のお話で言うと、ただ人を集めるだけではなく、過ごしやすい空間を作り、より長く滞在していただくことが大切だということですね。

人を集めるだけでなく、滞在してもらう街へ
植村:三宮は、天気が良い日の通行量を見ると、サンキタと三宮センター街がほぼ同じになりつつあります。センター街も国内有数の通行量がありますが、多くの方が通り過ぎてしまう。そこでベンチを置くなど、滞在していただくための工夫をしています。人が多いだけでは、街の価値にはつながらないんです。
センター街では、今後10年、15年で建て替えの話も出ています。その後の街のあり方を考えると、センター街だけで囲い込むのではなく、エリア全体で連携するしかありません。旧居留地で1時間過ごしてもらえるなら、「センター街にも15分立ち寄ってください」という考え方でいいと思うんです。
全国大会などで街を訪れても、行事を終えてそのまま帰ってしまう方が多いですよね。僕自身、以前サマーコンファレンスの空き時間に横浜の野毛へ行き、街の面白さを知りました。少しでも自由時間があれば、その体験が「また来たい」という動機になり、1時間の滞在が2時間、3時間、時には宿泊へとつながります。それぞれのエリアが役割を持ち、良いところを取り入れ合うことが大切だと思います。

テーマ3 地域と連携する意味――記念事業を問い直す
松井:今年は「共創都市神戸」を掲げ、地域の皆様やさまざまなパートナーと連携して事業を進めています。オータムフェスティバルは、旧居留地の京町筋から東遊園地、銀行線、アトア、中央通りへと場所を広げてきました。この取り組みがまちづくりにどう映っているのか、一過性で終わらせないための視点も含めて率直にお聞かせください。
永田:全体的な印象としては、悪くはないですね。船(を使った取り組み)はね。
ただ、地元に何をどう根付かせていくのか、誰がどんなふうに続けて、何を残せるのかっていうのを考えんと、後が続かないから。
これは青年会議所が事業を行うたびに向き合うべき課題です。
松井:青年会議所で継続している、例えばみなとまつりのようなものであれば続いていくんでしょうけど、青年会議所が単年度でやったものは、なかなか残りにくいというのは事実です。
永田:できるかどうかは分かりませんが、毎年続けられるのであれば、それに越したことはないと思います。ただ、結局は誰が予算を出して、誰が運営していくのか、という話になります。継続するためには、まずその仕組みをつくらないといけない。街の側も「自分たちでつくっていくんだ」というところまで進まないと、なかなか難しいと思います。
事業としては評価しています。ただ、皆さんどこかで、「青年会議所の事業だから、1年で終わるんだろうな」と思っているところはあります。
松井:青年会議所が事業全体を継続することは、組織として難しい部分があります。今回のオータムフェスティバルであれば、道路の活用や歩行者天国など、一部の取り組みを継続していくことについては、どのようにお考えでしょうか。
永田:そこは、まだ難しい部分がいろいろあると思います。もう少し街の側が進んでいかないといけません。
ただ、少なくとも今ここにいる3人や、南京町をはじめとする各エリアがうまく連携できれば、そこからまた新しい取り組みが生まれるのではないか、という気はしますね。
松井:その連携というものを高めていけば、ということですね。
では植村さん、オータムフェスティバルがどのように見えているか、お聞かせいただけますか?
植村:僕は初年度からご縁があって、うちの弟が手伝ったりしていましたよね。それで去年は「綱引きをやろう」ということで実行委員会をつくって、オータムフェスティバルのコンテンツとして入らせてもらって。
あれはオータムフェスティバルがあったからできたんです。自分たちだけでは、道路を使う許可はなかなか取れないですから。
松井:青年会議所が場をつくったからこそ、活用していただけたというイメージですか。

植村:「利用したれ」と思いました。(笑)
オータムフェスティバルそのものを同じ形で残していくのは、正直難しいと思います。ただ、そこで生まれた企画やコンテンツが、形を変えながら街の中で続いていくことはできると思うんです。
例えば、昨年実施した綱引きは今年も実施し、来年以降も続けていこうとしています。それは、ある意味一つのレガシーと言えるのではないでしょうか。
すべてを完璧な形で残す必要はありません。オータムフェスティバルをきっかけに生まれた企画が、その後も街の中に残っている。そうなれば、青年会議所の取り組みが十分に生かされたと言えると思います。
青年会議所は、給料をもらうわけでもなく、会員が自ら動いて協賛を集め、事業を形にする組織です。その経験を通じて、関わった人たちが成長していく。それも青年会議所の大切な役割だと思います。
最近、神戸市が「実験都市」という言葉をよく使っていますけど、まさに青年会議所は、街の中で実験するための団体と言ってもいいんじゃないかと思います。
松井:青年会議所が理想を掲げて挑戦し、地域の皆様に支えていただきながら形にしていく、ということですね。
植村:そうですね。
結果的に、南君も今こうしてまちづくりの中心で動いている。気がつけば、まちづくりに関わっている人たちは青年会議所のOBだらけだよ。
松井:それでは南さんに質問をさせていただきます。オータムフェスティバルをまちづくり側から見た時に、どのような評価をされていますか?
南:青年会議所は単年度制で、オータムフェスティバルも毎年担当者が変わります。商店街や行政も同じです。その中で、先輩や最初に事業をつくった人たちの思いを、どれだけ次へ引き継げるかが大事なんやろうなと思います。
それと、事業に関わった一人ひとりの成長は、将来、形を変えて街に返ってくると思うんです。僕は、リーダーになる人って、それだけ多くの失敗や経験をしてきた人やと思ってるから。失敗して、そこから成長していったらいいと思います。そういう経験がある人が、やがて組織や街を動かしていく。
そういう意味では、人に経験を積ませる青年会議所の役割はやっぱり大事ですし、これからも大きなことにチャレンジし続けるべきやと思います。植村さんが言うように、人が育つ場所であるなら、それが大きな意味で街に還元しているんじゃないかなと思います。
街の皆さんも、青年会議所の挑戦を温かく見守ってくださっているのだと思います。

社会実験を、街の次の一歩につなげる
松井:ありがとうございます。少しだけ安心しました。(笑)
このテーマは最後に、今年の記念事業について一言ずつお伺いします。
今回は3カ所の道路を封鎖し、京町筋から銀行線まではモビリティを使って人を動かし、ウォーターフロントへ歩いてもらう体験を作ります。また、船を使って中突堤中央ターミナル(かもめりあ)からGLION ARENA KOBE(ジーライオンアリーナ神戸)まで人を運び、都心からウォーターフロントへの新しい動線をつくる社会実験を行います。
この記念事業に、街側の立場からどのようなことを期待されますか?
永田:そういうチャンスがあって、それこそさっきの「実験都市」じゃないけど、実験しないと分からないって結構あるね。
そういう意味では、記念事業を実施して終わりではなく、きちんとフィードバックできるようにしないと意味がないと思います。
今度は街の側も、その結果をきちんと受け止め、エンターテインメントを含めた次の取り組みにつなげていく必要があると思います。
松井:社会実験を実施して、結果をしっかりフィードバックするということですね。
植村さん、いかがでしょうか?
植村:フィードバックは事業が終わってからの話です。その前に、まず事業内容を早く発信し、市民に「何か面白そうやで」と思ってもらわないといけません。実際に船やモビリティを利用してもらい、その結果を検証することで、初めて次につながると思います。
松井:事業内容を早い段階から広報し、市民の皆様に知っていただいた上で、その結果を検証することが大切だということですね。南さんは、今回の記念事業についてどのようにお考えでしょうか。
南:僕は逆に、「今回、何を残したいのか」ということが大事やと思います。
難波駅前で車道を止めたり、御堂筋の車線を減らしたりできるのは、行政側が本気で取り組んでいるからです。いくら民間が「あれがいい」「こうしたい」と言っても、行政側がそれをきちんと受け止めて、その気にならなければ実現は難しい。
松井さんが理事長として何をレガシーに残したいのか。それを行政側にどう受け止めてもらうのかが大事やと思います。誰か一人がいなくなったら止まってしまうようでは、なかなか街には定着しません。
植村:一度、「ここまでやれば街はこう変わる」というところまで徹底的にやってみてもいいと思います。具体的な変化を見せないと、なかなか次には動かないですから。
南:そのためには、メディアへの発信も大切です。民間の声が大きくなれば、行政側にも届き、次の動きにつながっていくと思います。
松井:今回の記念事業では、民間の立場から、街の回遊性を高めるために強化すべき動線を示したいと考えています。社会実験を通じて将来のビジョンを見せ、取り組みに共感していただけるよう、行動で示していきたいと思います。
南:その結果やデータを青年会議所の中だけで検証するのではなく、旧居留地をはじめ、地域でまちづくりに関わっている人たちへ返していくことが大事やと思います。
植村:そういう意味では、フラワーロードを越えて人が行き来できる仕掛けも必要やと思います。僕は、三宮交差点とフラワーロードが、街の回遊を分断する大きな関所になっていると感じています。
雲井やJR側の整備が進むと、「向こうにお客様を取られる」と言う人もいますが、僕はそうではないと思うんです。新しいバスターミナルに人が来るのであれば、その人たちをこちら側にも呼び込めばいい。
例えば、三宮交差点を一時的に止めて、人の流れがどう変わるのかを試してみる。そういう社会実験があってもいいんじゃないかなと思います。
松井:社会実験の結果を地域や行政と共有し、次のまちづくりにつなげていくことが大切だということですね。ありがとうございます。

テーマ4 全国大会 神戸大会で何を残すか
松井:最後に、全国大会 神戸大会を通して、神戸に何を発信し、何を残すべきかを伺います。大会には全国から約1万人、記念事業では神戸市内外から10万人の来場を目指しています。
永田:いくら人を集めても、それを街に還元できるほどのことは、なかなかできないというのが実際のところです。
大会そのものに、どうしても注力してしまうからね。それ以外の取り組みは早い段階で街に振って、街と一緒に進めないと何にも残らへん。
松井:大会当日は、もう運営をこなすことで精一杯になるということですね。
永田:そう。世界会議の時も、毎日のようにいろんなことが起きて、その対応に追われましたからね。
今回の大会もそうやと思いますけど、これをきっかけに今後いろんなことを街や行政に言えるようになる。
何か新しいことをやろうとした時に、「全国大会でこんなことをしましたやん」と言える。それも一つの残し方やと思います。
過去に実施した世界会議では、世界中から1万5,000人を超える規模の参加者が集まったと言われています。大規模な大会を神戸で実施した経験は、組織にとって大きな自信になりました。
松井:大会そのものだけでなく、次の取り組みにつながる実績を残すことが大事だということですね。
では植村さん、全国大会を通して発信するもの、残すべきものについて、いかがでしょうか?

植村:間違いなく、関わったメンバーの中には経験として残るでしょうね。「大変やった」「もう二度とやりたくない」と思うほどの経験も、やがて仕事や街での活動を通じて還元されていくと思います。
また、全国大会が街にもたらした経済効果は、数字として残した方がいい。全国から人が集まれば、ホテルの稼働率が上がり、飲食店や宴会場も利用されます。その効果は非常に大きいと思います。
松井:まさに今、全国各地の青年会議所に宿泊先のアンケートを取っているところです。その結果を見ると、大部分の方が神戸市内に宿泊される予定なので、かなりの経済効果が期待できると思います。
植村:それなら、神戸観光局などと連携し、大会期間中のホテルの稼働率を調べておいた方がいい。その変化を数字で示せれば、大会が街にもたらした経済効果の明確な根拠になり、行政からの支援に対しても成果として報告できます。それが、全国大会を通して街に残せるものの一つやと思います。
松井:宿泊や飲食も含めて、全国大会の経済効果をしっかり数字として残すということですね。ありがとうございます。
南さんは、何を残すべきだと思われますか?
南:現時点では、事業の詳細が地域に十分伝わっていない部分もあります。だからこそ、経済効果の検証や全国大会と記念事業の広報のあり方など、今回得た経験や手法を青年会議所の中でどう引き継ぐかが大切です。
また、実現したいことがあるなら、それぞれの地域や関係者のもとへ直接話をしに行く。そういう姿勢も残していくべきやと思います。
最後は、参加した方や地域の皆様に「神戸に来てよかった」「全国大会が神戸で開催されてよかった」と感じていただける大会にしてほしいと思います。
僕らは本当に、全国大会を神戸でやるというのは誇らしいことやと思っています。
松井:神戸で全国大会が開催されるのは48年ぶりです。本日は、地域との連携や継続の仕組み、成果を次へつなげることの重要性について、多くのご意見をいただきました。いただいた内容をしっかり発信し、大会と記念事業に生かしてまいります。本日はありがとうございました。

永田良介商店について
神戸で150年以上受け継がれる西洋家具の老舗。1872年、神戸元町で「永田良介商店」として創業。その後、三宮町3丁目へ移転し、西洋家具の製作を本格化。神戸開港によってもたらされた西洋文化と日本の職人技術を融合させながら、神戸の西洋家具文化とともに歩んできた。長年培われてきた技術を受け継ぎ、オーダーメイド家具の製作だけでなく、家具の修理やリフォームにも取り組む。2022年には創業150周年を迎え、現在も世代を超えて長く使い続けられる家具づくりを大切にしている。



