森谷理事長:本日は、第3回KOBE AUTUMN FESTIVALにご出演していただきまして誠にありがとうございます。神戸出身であるシンガーソングライター井上苑子さんに、神戸の魅力や音楽活動についてのお話を聞かせていただきたいと思います。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。
井上 苑子氏:よろしくお願いします。
井上 苑子氏(以下I)、森谷 理事長(以下M)
Prifile
井上 苑子(いのうえ・そのこ)
小6より作詞作曲と路上ライブを始め、高校入学と共に上京。
動画配信サービスのツイキャスで人気を集め、視聴者数が200万人を突破しメジャーデビュー。1stシングル「だいすき。」はYouTubeで2,000万再生を超え、女子中学生を中心にスマッシュヒット。
「点描の唄(feat.井上苑子) / Mrs. GREEN APPLE」は2018年8月に発売されて以来、ストリーミングサービスで5億回再生を突破し、現在もTOP100にランクインし続けている。
歌手としてだけではなく、映画・ドラマ・CM・YouTubeなどへもマルチに出演するシンガーソングライター。1997年生まれ。兵庫県神戸市生まれ。
森谷 圭(もりたに・けい)
1988年、大阪府豊中市生まれ。2011年立命館大学卒業後、某銀行に入行し、法人を中心とした営業職に従事。2016年に株式会社モーリヤに入社し、2023年に専務取締役に就任、現在に至る。
2017年に神戸JC入会、2020年SDGs推進特別委員会 委員長、2021年近畿地区協議会総務・広報戦略委員会 委員長、2022年副理事長、2023年日本JC対内広報確立委員会 委員長を経て、2024年神戸JC第66代理事長に就任。
神戸のまちについて
M:井上さんは神戸生まれということで神戸のまちのイメージや思い出について教えてください。
I:神戸で生まれて12歳まで住んでいました。小学生までだったので大人が行く場所より、公園とか子どもが行くような場所が記憶に残っています。当時は御影に住んでいました。御影は、閑静な住宅街で近くに公園がたくさんあり、本当にゆったりとしていましたね。また、御影クラッセという商業施設ができてからは、よく遊びに行っていました。あとは、どこに行くにも結構便利だったので、自転車でHAT神戸まで行ったりしていました。海も山も近いので、自然が身近にあって、やっぱり最高だったなって思います。
M:確かに神戸は、海と山まですぐ行ける距離にあるのでとっても便利ですよね。都会過ぎず、田舎すぎずちょうどいい場所だと感じています。
I:とてもいい環境だったので友達とめっちゃ仲良くなることができたと思います。オリジナルの遊びとか生み出していましたね。私の通っていた小学校が王子公園駅の近くにあったので、電車で通っていて、帰りは最寄りの駅から家まで徒歩10分ぐらいだったのですが、石ころを蹴りながら帰っていました(笑)
M:12歳からは神戸を離れたのですよね?
I:そうなんです。12歳の時に大阪に引っ越して3年間住んで、その後、高校1年生のときに東京に行きました。
M:音楽活動で引っ越されたのですか?
I:はい、小学校5年生の終わりに芸能事務所に入りました。その事務所が大阪にあったのですが、私が通っていた小学校が芸能活動禁止だったので、芸能活動ができる学校に行かないといけなくなり大阪に引っ越しました。
M:実は、私は大阪出身で10年ぐらい前に神戸に引っ越してきました。神戸に住んでいる方々と触れ合っていて感じるのが、良い意味で神戸のプライドっていうのがかっこいいなと思っています。どなたに聞いても、神戸のことを前向きに語ってくださるので、神戸の方は本当に神戸が好きなんだなと感じます。そういうところが神戸のまちの魅力だと思いますね。
I: 確かに、神戸で生まれ育った私も神戸が大好きですね!今は神戸に帰ってくると感じるのが、初心に返る場所になっています。実は、最近までは地元に帰ってきたくないって想いがありました。めっちゃ安らぎがあって、街並みを見ていたら、めっちゃいいやんって思いすぎちゃって、気合が入らないんじゃないかなって不安に感じるときがありました。そういう時は、泊まる仕事でもあんまり外に出ずに、ホテルとライブハウスしか行き来していませんでした。なにより帰りたくなったら嫌だったので。
音楽活動への想い
M:小学生の時から音楽活動をされていらっしゃいますが、音楽に対する想いや考えをお聞かせください。
I:音楽活動は11歳から始めました。始めた頃は習い事みたいな感覚で、只々好きで全力でやっていました。高校に通い出して高校が芸能活動をする人が通う学校だったので、同級生たちが、「仕事」という言葉を使いっていました。「明日仕事やから休む」とか、当たり前のように「仕事」っていう言葉を使っていて、初めて仕事として意識し始めました。
M:「好きなこと」を「仕事」にするって簡単なようでとっても難しいことですよね。
I:そうですね、今は仕事という感覚ですし、「人生=歌」になっていますね!15年ぐらい音楽活動をしていると辛いことも多くありましたが、大前提として、すごく楽しいから音楽をやっているし、自分が決めたことを絶対やり遂げたいという想いでやっています!
音楽活動で得られた成長
M:先ほど15年間の音楽活動で辛いこともあったとお話しされていましたが、どのような経験でしたか?
I: こういう仕事をしていると承認欲求みたいなものが大きいと思います。「誰かに認められる歌を作りたい!」って思っている自分がいて、めっちゃ気合い入れて作った作品が思ったよりも響かない時があると「自分って誰にも必要とされていないんじゃないか」と考えることがあります。「人生=歌」になっているので、自分自身が否定された感覚になり、要らない人間なんじゃないかってぐらいまで落ちるときがあるっていうのがこの仕事の大変なところだと思います。特に私の歌は、実体験を歌詞に書いているので余計にそう思うのかもしれませんね。
M:沈んだ時は、どうやってモチベーション維持されているのですか?
I:歌っている瞬間が楽しくて、特に凄く楽しくなる一瞬があって、それをまた感じたい!って想いが強いですね。そういう一瞬を思い出したりしています。
M: 最後にメッセージをお願いできますか?
I:今年の4月に神戸を題材にした曲を書きました。改めていろんな想い出深い場所にも行ったんですけど、変わらないで欲しいなって思うところと、逆に変わっていってその変わったものが私もドキドキするものだったら嬉しいと思いました。変わるべきものは変わって、変わらずそのままであり続けるものも神戸らしさだと思うので、皆さんが感じる「なんか神戸っていいな」みたいな感覚は変わらずに残って欲しいなと思っています。
M:私も人もまちもそうであって欲しいと思います。本日はありがとうございました。