特別対談:株式会社ファミリア 代表取締役社長 岡崎 忠彦 × 一般社団法人神戸青年会議所 第67代理事長 上根 彩

上根理事長:私たち神戸青年会議所は、明るい豊かな社会の実現をめざして神戸市内をより良くする活動を展開している青年経済人団体で、年度で役職が交替する組織体制になっています。本年度は、スローガンを「Captivate ~世界に誇れる神戸へ~」と掲げており、この言葉には「人の心を惹きつけるまちへ、人へ」という願いを込めています。

年3回配信するデジタルマガジン「WAKACHIKA」も今回の配信で最終回となりました。今回は神戸を代表する企業の一つである株式会社ファミリア代表取締役社長の岡崎忠彦様よりデザイナーとしての視点を経営に生かし、「経営をビジュアル化」する独自の手法で再構築を進められた歩みや、企業の個性や独自性を紐解きます。また、「子どもの可能性をクリエイトする」という理念のもとに描く未来や、老舗ブランドとしての挑戦と革新、伝承についてお話を伺っていきたいと思います。

本日はどうぞよろしくお願いいたします。

株式会社ファミリア 代表取締役 岡崎 忠彦(以下:岡崎)
株式会社ファミリア 営業部リーダー 佐々木 あかり(以下:佐々木)
一般社団法人神戸青年会議所 理事長 上根 彩(以下:上根)

Profile

岡崎 忠彦(おかざき ただひこ)

株式会社ファミリア 代表取締役社長
甲南大学経済学部卒業
California College of Arts and Crafts Industrial Design 科卒業BFA
Tamotsu Yagi designでグラフィックデザイナーとして働く
2003年に株式会社ファミリアに入社
取締役執行役員などを経て2011年から現職

先代の掲げた「世界で最も 愛されるベビー・子ども関連企業」というビジョンを継承しつつ自らの経営方針として「子どもの可能性をクリエイトする」という理念を打ち出す。
就任当初、業績低迷や組織文化の硬直化に直面。
既存の慣習を一掃 し、「可視化」「共通言語化」「社員の主体性」を軸にした経営改革を推進。
『wish list』や『ビジュアル・プラットフォーム』の導入など、社員全員が未来志向で発想し挑戦できる仕組みを築き上げた。

 

0 Introduction

 

対談に入る前に、まずは本社オフィスを案内していただいた。オフィスは遮るものがないフラットな設計の中、スタッフ全員のデスクが同じ高さで並び、コミュニケーションを妨げない空間になっている。社長室はなく、同じ空間の中に岡崎社長のデスクが設けてある。

 

上根:とても開放的な空間で、意見を交わしやすい空気感が広がっていますね。
共用スペースの壁面にあるポスターやキャビネットにある本や小物等、各所に散りばめられている物は岡崎社長の「頭の中」をのぞき込んでいるようでとてもワクワクしますし、これがデザインのエッセンスにも繋がっているように感じます!アウトソーシングせず、すべて自社で行っているというのも流石です。

 

岡崎:オフィスのデザインは、エルメスのスカーフに描かれたデザイナーやパタンナーがいたり、売場があったりするアトリエの画をコンセプトにしました。オフィスの壁がなくなることで、コミュニケーションも活発になっていったと思います。

 

上根:壁面にはイメージボード(注釈:ビジュアル・プラットフォームと表現されている)があり、マンスリーテーマ、それに紐づくキーワードなどのコラージュがありますね。これがあることで、迷った時に社長に逐一確認せずして(笑)イメージに立ち返ることもできるし、さらに想像を膨らませることもできる…しかもネットではなくオフィスというリアルの場でというのも素敵なアイデアです。

多くのプロジェクトがあると思いますが、いつも会議はどのようにされていますか?

 

岡崎:会議はあまり好きじゃないので、殆どオンライン上のグループでコミュニケーションをとっています。側近とはデスクを隣にして、すぐに意思決定や判断を伝えられるようにしています。

 

上根:実際に子どもが考えたデザインが洋服、雑貨になったものが展示されてあるのにも感激します!この体験が未来の可能性を切り拓くことに繋がっていくのですね。

 

1 組織マネジメントについて

 

上根: 株式会社ファミリアは1950年創業、今年で75周年を迎えられる老舗企業ですね。岡崎様が社長に就任されたのは2011年ということですが、就任当時のお話をお聞かせください。

 

岡崎:正直に言うと“古い会社”でした。完全にスーツ姿のおじさんばかりの会社で、資料のサイズもフォントも統一されていない。業績も低迷していました。

社員が言う「ファミリアらしさ」も人によってバラバラで、共通認識がなかったのです。父が急逝し、2011年に5代目社長を引き受けることになった私は、周囲から“宇宙人が帰ってきた”と言われていました。

ですが、その異質さを逆に利用しました。どうせ宇宙人なのだから、思い切って変えてしまえと。悪いときこそ会社は変えられる。そう考えて、思い切って改革を進めました。

 

上根:問題が山積する中、抜本的な改革をはかって進めるのには覚悟が必要だったと思います。

老舗企業やブランドではよく「伝統は革新の連続」という言葉を耳にしますが、伝統を否定することなく革新に振り切るさじ加減は非常に難しいと感じます。

岡崎様がこの会社で最初に着手された改革にはどのようなものがあったのでしょうか。

 

岡崎:「社長が言ったから」という理由で物事が決まる仕組みをなくしました。必ずプレゼンをして、全員で議論して決めるようにしました。

最初は反対ばかりでしたが、それを超える提案を出せば採用される。そんな仕組みです。

 

写真:ファミリアには、この先迎える100周年に向けて、目指したい未来をビジュアルで表現したブランドブック『wish list』がある。タイトルの『wish list』は、クリスマスなどに欲しいものや願いごとを書く文化にちなんでおり、EAT、MUSIC、ARTなど、子どものライフスタイルに寄り添ったテーマをもとに300ページ以上に亘ってブランドの世界観が表現されている。ブックの中には、脚本家の小山薫堂氏や彫刻家の名和晃平氏などファミリアと関わりのある著名人との対談など充実した内容に溢れており、上根理事長もこの本に深く魅了されたという。

 

岡崎:この『wish list』も、最初は全員反対でしたが、今では会社の共通言語として根付きました。

 

◆対談の途中で、営業部リーダーの佐々木さん(以下:佐々木)が参加された

 

佐々木:私も『wish list』の制作に携わったのですが、5年目以下の若手写真を中心にファミリアの未来について考え、各々の「やりたいこと」を書き出すところからスタートしました。それぞれの考えを見える化することで、更なるアイデアへとつなげていくことができました。

 

岡崎:オープンにすることで、社員も「どうせ言っても無駄だ」とは思わなくなる。むしろ「提案すれば実現するかもしれない」と前向きに考えるようになります。

 

上根:『wish list』のように、社員一人ひとりの想いを“見える化”する仕組みはとてもユニークですね。

実際に可視化することで、現場社員の方々の意識にどのような変化が生まれたと感じますか?また、その取り組みがどのように会社の文化として根付いていったのかも伺いたいです。

 

岡崎:半年でやったことを壁一面に貼り出し、「次にやること」を「What’s Next」として積み上げる。すると自然と未来志向の文化が根付くんです。

社員全員が「次に何をするか」を考えるのが当たり前になる。過去をアーカイブするだけでなく、常に未来を描き続けること。それがファミリアの文化です。

 

2 人の心を惹きつけるブランド・店舗づくり

 

上根:冒頭で拝見した映像は、印象的でした。

株式会社ファミリアのコンセプトムービー https://www.youtube.com/watch?v=0qosKtAcBdk

短い時間の中にブランドの世界観がすべて凝縮されていて、テンポや構成にもファミリアらしさが感じられました。こうした映像をつくる上で、どのような意図や狙いがあったのか教えてください。

 

岡崎:あの映像は小山薫堂さんに関わっていただいたプロジェクトです。実は、ただ映像を外注したわけではなくて、社内で「やりたい」と手を挙げた社員が自分でプレゼンをして、認められた人が制作チームに入る仕組みにしています。

 

上根:単に映像を制作するだけでなく、社員が主体的に手を挙げて関わるプロセスそのものが企業文化になっている点が素晴らしいですね。

 

岡崎:ファミリアではイベントや商品も同じ考え方で生まれます。基準はただ一つ、「子どもの可能性をクリエイトできるかどうか」ということです。

 

上根: こうした文化づくりの仕組みは、日常の業務や他のプロジェクトにも広がっているのでしょうか。

 

佐々木:そうですね。ファミリアは「見える化」が徹底されています。資料のフォーマットやデザインも統一されていて、どこで働いていても迷いがありません。東京オフィスも本社と同じデザインで、同じモードで働けます。

 

岡崎:以前は資料のサイズもフォントもバラバラでした。それを統一したことで、社員は“迷う時間”が減り、創造に集中できるようになりました。ルールを整えることで、逆に自由になれるのです。

 

上根:一見すると「自由を制限するルール」と思われるかもしれませんが、ルール化することが適切なものを整然とすることで、本来力を発揮すべき分野において創造性を高める結果につながっていることに感心しました。佐々木さんは仕事をされる中で、どのようなことをモチベーションにされていますか。

 

佐々木:ファミリアは同じ企画やイベントの繰り返しではなく、毎年新たな企画に挑戦しております。社員の年次や役職とは関係なく「お客様が喜ぶことは何か」を追求し、若手の意見も積極的に取り入れていただいています。

ファミリアでは若手にもチャンスがあります。「一度売れたものは二度作らない」というカルチャーがあるので、常に新しい企画を考える必要がある。だからこそ、毎年挑戦の連続です。

 

上根: 素晴らしいことですね。私は小売業ですが、つい前年比にとらわれがちになってしまったり、一度成功すれば同じ戦法を繰り返してしまったりマイナーチェンジしかできずにいたりします。そしてまた神戸青年会議所の理事長職でも慣例に基づいた考えに落ち着きそうになる場面もありました。

 

岡崎:失敗してもいいから挑戦する。それがファミリアの文化です。

 

上根:とても良い文化ですね。神戸青年会議所の活動においても、社会課題を解決に向けて行動をおこすという観点から、理想の未来に向かって社会を開発していくという考え方に切り替えて挑戦していくことが必要だと感じます。

 

 

3 子どもの未来のために

 

上根:御社が掲げる企業理念「子どもの可能性をクリエイトする」という言葉の背景にはどんな想いがあるのか、またそれをどのように事業に落とし込まれてきたのか、もう少し詳しくお聞かせください。

 

岡崎:これは父の代から受け継いだ言葉です。父は「世界で最も愛されるベビー・子ども関連企業になる」というビジョンを掲げていましたが、私はそれを行動に落とすための“HOW”を考えました。

 

上根:理念を現場に浸透させるのは決して容易なことではなく、時間もかかると思います。

社員の皆さんがその言葉を自分の行動に結びつけられるようにするために、どんな工夫をされたのでしょうか。

たとえば社内コミュニケーションや教育の仕組みなど、実践面で意識されていることを伺いたいです。

 

岡崎:「最初の1,000日間」という考え方です。ファミリアでは、妊娠してから出産までの期間と、生まれてから2歳の誕生日を迎えるまでの期間を合わせた約1000日間を大切にしています。

子どもの発達にとって非常に重要な時期。この期間に最高のサービスとコンテンツを提供することに集中する戦略「for the first 1000days」を立てました。

また、ビジョンをカードやビジュアルに落とし込み、社員全員が共通の言葉で語れるようにしました。

 

上根:抽象的な理念を、社員全員が理解し行動できる形に具体化し、言語化されたのですね。

 

岡崎:そうです。理念はきれいごとで終わらせず、行動に落とす仕組みが大切です。

また、私たちは「会社を学校にする」という意識を持っています。
外部の先生を招き、全員で同じ本を読み込み、議論し、カード化して壁に貼る。知識を共有することで、全員が主体的に考える力を養います。

 

佐々木:実際に、同じ本を読んでも人によって解釈が違い、それを共有することで自分の視野が広がります。

 

岡崎:さらに、海外視察も学びの場です。ツアーガイドをつけず、社員が自分で行き先やホテルを決める。
現地で得た体験を社内で共有し、インプットをアウトプットにつなげます。

 

佐々木:海外視察はチームで行い、体験したことを映像やブックなど自由な発表形式で社内に共有します。
そして、そこで得た学びを日々の業務に落とし込み、新しい企画につなげていきます。

 

上根:素晴らしいですね。自分自身の目で見て、異国の空気や文化を感じることは何よりクリエイティビティに直結しますし、若い社員にこそそういった機会を与えるという姿勢に共感します。

 

岡崎:私たちは服を売る会社ではなく、「子どもの可能性をクリエイトする会社」です。
その基準に沿えば、レストランでも保険でも、何にでも挑戦できる。すべては子どもの未来のためにあります。

 

上根:佐々木さんは今後、会社やブランドの未来をどのように描いていらっしゃいますか。

 

佐々木:ブランドの認知をもっと広げたいと思っています。神戸発のファミリアが東京でも浸透してきていて、今週は丸の内ビルに大人向けギフトのライフスタイルショップをオープンします。子ども服を置かない新しい形態のお店なので、とても楽しみです。

 

岡崎:「去年と同じことはやらない」と決めています。定番はつくるが、常にアップデートしていく。ピンチをチャンスに変える仕組みを日常にし、全員でブランドを育て続けたいと思っています。

 

上根:本日は岡崎様が取り組まれてきた組織づくりや“デザイン経営“のあり方をお聞きし、非常に勉強になりました。
何よりファミリアの空間、商品、情報発信、あらゆるものに一貫した理念が息づいていることに感銘を受けます。

神戸にこのような企業が存在することを誇りに思い、同じ神戸で働く立場として頑張らなければと実感しました。

この先もずっと、沢山の子どもたちの可能性をクリエイトすることに情熱を傾け、世界に誇れる製品が生み出され続けていくことでしょう。

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