本年度のスローガン「Progress ~共創都市神戸へ~」のもと、神戸のまちの未来をともに描くため、一般社団法人神戸青年会議所 理事長 松井隆昌が、いま語り合いたい二人を訪ねました。

一人は、全国の青年会議所運動を率いた公益社団法人日本青年会議所 第74代会頭 外口真大直前会頭。もう一人は、「デザイン都市・神戸」のコンセプトメイクを手がけた地域ブランディングの第一人者 星加ルリコさん。JC運動の原点と、まちのブランディング――異なる立場の二人との対話から、「共創都市神戸」を実現するためのヒントを探ります。

Special Guests

外口 真大(とぐち まさひろ)

公益社団法人日本青年会議所 第74代会頭(2025年度)
KTT株式会社 代表取締役社長/有限会社オーソデントラム 代表取締役
千葉県市川市出身。中学・高校を東京、大学はイギリス・ロンドンで過ごし、ビジネスマーケティングを専攻。衆議院議員秘書を経て、家業である歯科矯正機材メーカーのKTT株式会社に入社し、2016年に代表取締役社長に就任。2010年に東京青年会議所へ入会し、2021年に第72代理事長、2025年には公益社団法人日本青年会議所 第74代会頭を務める。「希望あふれる理想を描き、変えたのだと誇れる未来へ」を基本理念に、全国各地での対話型事業やフォーラム、各LOMへの公式訪問を通じて、地域に根ざした運動の在り方を発信し、組織全体の意識変革と行動変容を促した。


星加 ルリコ(ほしか るりこ)

株式会社RURIKO PLANNING 代表取締役/ブランディングディレクター
1975年生まれ、神戸市垂水区育ち。1997年武蔵野美術大学彫刻学科卒業。在学中に阪神・淡路大震災を経験したことをきっかけに、都市や組織の再生に関心を持ち、東京の都市計画コンサルティング会社へ。ニュータウンプロデュースや地域活性化計画、博覧会パビリオン企画など、行政・企業・地域を横断するプロジェクトに従事する。2004年、神戸にてブランディング会社「株式会社RURIKO PLANNING」を設立。企業・行政のブランディングやトータルプロデュースを手がけ、「神戸ビーフ」のブランディングや、2008年に神戸市がユネスコ創造都市ネットワークの「デザイン都市」に認定される際のコンセプトメイクを担当。理念整理からストーリー設計、発信の仕組みづくりまでを一貫して支援し、「暮らし」を起点とした神戸らしさの発信に取り組む地域ブランディングの第一人者。


公益社団法人日本青年会議所 第74代会頭 外口 真大(以下:外口)
株式会社RURIKO PLANNING 代表取締役 星加 ルリコ(以下:星加)
一般社団法人神戸青年会議所 理事長 松井 隆昌(以下:松井)


対談① 松井理事長 × 外口 真大 直前会頭

JC運動の原点 ―「家族・会社・地域」の循環

松井:外口直前会頭、2025年度は会頭として駆け抜けられた1年間、お疲れさまでした。会頭所信の中で「『家族』『社会』『地域』をより良くすることこそが、青年会議所活動の原点」と語られたのが強く印象に残っています。その原点が、現役メンバーの日常に、どのように結びつくのか、昨年1年間のご経験からご教示ください。

外口:この言葉を発されたのは、東京青年会議所の初代理事長の三輪善兵衛(みわ ぜんべえ)先輩なんです。1949年に東京青年会議所ができて、その後、日本青年会議所ができているんですが、当時は戦後の焼野原状態で……。その中で家族、会社、地域を良くしたいという青年が集まったのが最初の48人だったんです。

大きな理念とかじゃなくて純粋な気持ちで、家族をどうにかしないといけない。この戦後の焼け野原をどうにかしないといけない。そもそも会社もどうにかしないといけない。会社を良くするために、地域を良くしないといけない。ここが原点だったんだな、というふうに思っています。本当に純粋な気持ちだったんだなと感じました。

この話は、実は全部繋がっているということなんです。例えば、当時戦後の焼け野原の状態で家族を良くするためにはどうすればいいかと考えると、まず自分の会社をよくしないといけない。会社を良くするためにはどうすればいいかと考えた時、地域をよくしないといけないと考えたそうです。当時は食事に困るような時代だから地域をよくしないと商売ができなかったからです。

それが、僕はJC運動の原点だなと思っていて。これ、逆も然りで、地域を良くしたら何が起こるのかというと、自分の会社も盛り上がるじゃないですか。人も増えて、売り上げも上がって……じゃあ会社が良くなると、給料も上がるし、家族も良くなるんですよね。このように循環をしていると思うんです。だからこの3つのファクトは、どれが欠けてもダメで、その循環の中で良くなっていくものだなというふうに感じたんですよね。

だから去年の1年間だけじゃなくて、JC運動というのは全部そうあるべきだと思うんです。社会を良くするために家族を犠牲にするわけじゃなくて、何年後かに自分の家族に必ず返ってくるというのが、JC運動でなきゃいけないなというふうに感じたんです。

松井:時代が変われど、いつの時代もこの原点が大事だということですね。

外口:神戸だって同じです。「神戸を盛り上げたい!!」盛り上がったらどうなる?人も増えて地域も良くなると、家族も良くなるということです。逆に考えると、家族を良くしたいと思うんだったら、会社を良くしないといけないし、地域を良くしないといけないんですよね。JCって社会のため社会のためって言い続けてるけど、JC運動って最終的には必ず自分に返ってくるんです。

松井:そのサイクルを生み出すことでより良い未来が作られる。逆に何かを犠牲にして、他の会社、地域を良くしたとしても、サイクルが途中で止まってしまうということですね。

外口:その状態はJC運動じゃないってことですね。

松井:短期的な成果ではなく、長期的に持続可能な運動になっているという視点が必要ですね。

外口:そうですよね。家族に対して良い影響を与えればそれは良い運動だし、またその運動を継続してくれる人がどんどん増えるはずだから、勝手に持続可能な運動になっていく。

松井:その原点が戦後すでに確立されていたんですね。ありがとうございます。

理念と現場、そして全国にLOMがある意味

松井:外口直前会頭は、全LOMの理事長とお話をされたと思います。対話の中で理念と現場とのギャップを感じられることはありましたか?

外口:ちょっと失礼な言葉かもしれないですが、先ほどの原点視点が薄いなと感じることもありました。社会のためという意識ばかり先行してしまっていて、それが自分の会社に返ってきたり、自分の家族に返ってくることは悪だと思っている人が多いように感じました。

そうではなく、社会の最小単位は、やっぱり僕は家族だなと思っていて、社会全体を良くするんだったら、その最小単位である家族も良くならないといけないんです。家族の犠牲の上に明るい社会が成り立たない。明るい社会を作ろうとして家族が暗くなるのは何の意味もないんです。だから家族を大事にしようと言い続けていたし、そこに行き着いて欲しかったというのがありますね。

松井:LOMの理事長とお話のなかで、希望が持てると思えたことを教えてください。

外口:JCって大丈夫だなってすごい感じたんですよね。確かに人数も少なくなっているし、規模も小さくなってしまっているけれども、地域を本気で思う人、JCを本気で思う人はいるんですよね。その人に会った瞬間、大丈夫だなと思った。この人たちがしっかり動いてくれる。たとえ、日本が今後どんな困難が襲ったとしても、必ず立ち上がるし、必ず良い方向に向かっていくんだなと思いました。だからこそ、JCが各地域になきゃいけないなというのもすごい感じたんですよね。近年LOM数が少なくなってきているのですが、各地域にLOMがあるということが本当に大事だと感じました。

パートナーシップと中長期ビジョン ― 単年度制を越える

松井:昨年の会頭基本方針で、経済成長や持続可能な地域をつくっていくためには、海外または組織外からの、外からの目線というのが必要だとおっしゃられました。我々も今年、共創都市神戸という理念を掲げております。パートナーを巻き込む取り組みを、どのように推進していくか、理想的なパートナーシップの構築をご経験からご教示ください。

外口:JCあるあるなんですけど、JCだけ良ければいいってなりがちなんですよね。必ずパートナーとWin-Winの状態を意識しないといけない。JCはインターミディアリーとしての価値を発揮しないといけない。インターミディアリーは中間者という意味です。様々なパートナーとパイプ役を担うのが、JCの一つの役割だと言われています。

その役割を果たせないのはWin-Winの関係性が構築できていないからです。「この議案にこう書いてあるからこれをやるんですよ、そのために力を貸してください」は、JCしかWinじゃない。そうではなくこの事業を一緒にやることで、あなたにも利点がある。「このようなことが実現できる。新しい可能性があるから一緒にやりましょう」というふうに言わないと、絶対に将来に繋がらない。その場限りの短期的な関係だと繋がっていかないし、継続的にもできない。だって(パートナーにとって)美味しいところがないから、持続的にならない。

松井:地域、パートナー、JCそれぞれ互いにメリットが享受できる関係性の構築がパートナーシップにおいて重要な視点なんですね。

外口:あともう一つ、インターミディアリーの役割で難しいのは、単年度制という点です。僕が東京青年会議所の副理事長の時、東京JC中長期ビジョンというのを作りました。その後、東京JC中長期ビジョンを実践する最初の年の理事長になりました。中長期ビジョンを作成した背景は、今年度と次年度の理事長方針が真逆みたいなことが……というところがよく出てきちゃうんですよね。それは理事長の独善なので、ある程度理事長所信を縛るべきものが必要と考え、僕は中長期ビジョンを作ったんです。

それまでも中長期ビジョンは存在したのですが、理事長所信を書くとき“読むもの”ぐらいに形骸化されていました。僕が理事長のとき5年の中長期ビジョンを定めたからには、それを実現するということを強く推し出しました。そうすると、最低で5年は中長期で方針が繋がっていける。方向性、手法は変われど目指すところは一緒なんだから、単年度制であってもビジョンで示した方針に進んでいける。中長期ビジョンは本当に大事だと思います。

松井:具体的に、形骸化した中長期ビジョンと、活用される中長期ビジョンの違いはどういったところですか?

外口:細分化しすぎず、例えば福祉、国際、政治など6つのカテゴリで方針を決めたところが上手くいきました。それぞれのカテゴリに「こういうことをやっていくよ」「こういうふうな方向性でいくよ」ということを示しました。細分化しないことで余白が生まれ、「解釈によってこういうことにできる」となるようにしました。

そうすると、その6つのカテゴリについては、5年は理事長も委員会を作る時に中長期ビジョンを動かせない。中長期で方向性が決まっているから、パートナーとの関係性も長期的に構築できたと思います。中長期ビジョンによって、単年度制のデメリットをなくす効果がありました。

松井:余白として残しているからこそ、JCの単年度制のメリットを活かしつつデメリットを改善することで、継続的なパートナーシップが構築できるということですね。

外口:そうですね。方向性は一緒だから。

自走する運動と「新社会システム」、そして全国大会へのエール

松井:本年、そういったパートナーシップの必要性を我々も感じています。まちに対してどのようにインパクトを残していくかを考えていかなければいけないのですが、パートナーシップを取ることによって、新しくまちに何かを提供できる具体的なイメージをお持ちでしたら教えていただきたいのです。

外口:これは単純に規模が変わると思うんですね。例えば、この担当している事業の委員会が10人として、10人でできるものというのは限られている。ただ、パートナー団体で10人だったら、この共創してくれる団体が10個あるので100人……というような形で規模が多くなりますよね。

JCって何でも自分でやりたがるんですよ。不安だし、よく分かる。(JCだけですると)スピード感も全然違うし、厳しさも全然違うし。「この資料を明日までにやってください」って、そんな馬鹿なことがありますか(笑)自分の会社でもそんなことやってないよ。(JCだと)平気にやっちゃうわけですね。でも、そうするとやっぱり周りがついてこない。だから、JCの解釈を広げて取り組まないといけない。

しかし、インパクトを何の基準で図るかも重要です。例えば、例会当日の参加者人数が1万人だったらインパクトがあるのか。でも、100人しか来てないけれども、その100人がその例会をもって、次の行動に移してくれた。どっちがインパクトがあるのかっていったら、僕は後者だと思うんですよね。決して、人数だけが重要ではないと思います。

参加者が100人だったとしても、その100人がその運動に賛同して、理解をして、共感者になって、共に動いてくれる。ってなったら、自動的にメンバーが100人増えたみたいなものです。だからこそ、運動のインパクトというのは、そういう図り方もあると思います。

松井:運動を生み出して、地域に持続可能性を持って、根付かせていく、ということが理想です。しかし、単年度制の弊害として、属人的になってしまう。例えば、あの委員長だからできた事業は地域に根付かないと思います。根付かせるためには、共感や仕組みで、体系化した運動を提供しなければ持続可能性はないのかな、というふうに思うんです。その運動の仕組みについて、アドバイスをいただけないでしょうか。

外口:運動の仕組み化には、まず「新しい社会システムを作る」、そこに「共感を得てもらう」という二段階が必要です。

昨今JCは「共感を得よう、共感を得よう」としている。「こういうことをします」「僕たち良いことをしてますよね」って。良いことをしてるから、共感してくれると思う。でも、共感を得ることを第一に考えると、仕組み化が上手くいかないことがあります。じゃあ、どうするかというと、まず、新社会システムというシステムをつくり上げる。「これをやれば、皆さんも真似できますよ。どこに行ってもできますよ」というのを、まずシステムでつくる。さらにそれに共感を得てもらえたら、「じゃあ、これを私たちもやろう」というふうになるから、続けられるんです。順序がおかしくなってると思い、去年は「まずは新社会システムだ」というふうに言い続けていました。

松井:青年会議所のメンバーに、新社会システムの構築・運動の仕組み化をどのように構築すればよいか教えていただきたいです。

外口:横断歩道を手を挙げて渡ろうっていうのがありますよね。あれ、小松川運動っていうJCが作った運動なんだけどね。あの運動って、何がメインかというと、“横断歩道を渡るときに、子どもが手を挙げる”というシステムを作ったこと。究極にシンプル。誰でもできる。みんな共感するわけですよ。「子どもが手を挙げてる。なんでだろう?運転してたら子どもって案外見えないんだ。だから、子どもの事故ってよく起きるんだ。じゃあ、気をつけよう」と。

この運動良いなってなると、「じゃあ、うちも真似しよう。明日から真似できるんだ」。だって横断歩道に立って子どもたちに「手を挙げて」って言うだけだもん。だから、小松川運動はすごく広がった。

今、議案に時間を掛けすぎるっていうところもあるし、深く掘り下げすぎちゃって、そのシンプルさが失われつつあるなと。だから、去年はできるだけ早く行動しようと動かしていたのは、実はそういう意図があったんです。深くすればするほど、その議案としての成果やクオリティは確かに上がる。学ぶことも多いし、深くなる。けれども、それは学んだからこそ深くなったんであって、その事業に参加してくれる人はそこまで決して学んでいない。だからこそ、シンプルに伝わるものを作らないといけないね、っていうことを言ってたんですね。

松井:その手法として、平和教育の推進に漫画を活用されていましたね。

外口:見たの?(笑)すごくシンプルで伝わりやすいので漫画にしようってなったの(笑)

松井:見ました!漫画って読むだけですもんね。

外口:いろんな人の手に届くし、提言書なんか出すより、全然効果あると思うんだよね。

松井:確かに!イメージがしやすいですね。

外口:事業はシンプルなところに置いていかないといけないなと。そういう運動だったら必ず伝わってくるし、やりたいと思える人がやれるようになるのがミソだと思う。

松井:意外とやはり、全ては原点に繋がっていて、答えはすでにあったのだと感じます。

外口:日本青年会議所は74年の歴史があって、みんな、すごく一生懸命考えてるから。過去を紐解くっていうことはすごく大事です。例えば、青年会議所には様々なルールがありますが、そのルールができた理由っていうのは必ずあるんですね。そこを置き去りにして改革を進めると、振り出しに戻る可能性があります。そうならない為にも、過去を紐解くことが大事だと僕は言い続けています。

松井:我々も、進歩するためには、過去にリスペクトを持って“学ぶ”というところからスタートしようと思いました。最後に、10月の全国大会に向けて走っているのですが、神戸青年会議所メンバーにエールをいただけないでしょうか。

外口:ぜひ挑戦し続けることを大切にしてください。私が会頭になったとき、すごいプレッシャーだったんです。自分が方向性を間違えたら2万5千人の会員が間違える状態になるのが恐ろしいと感じました。「自分が思っていることは本当に正しいのだろうか、自分がやろうとしていることは正解なのだろうか」と、すごく悩んでた時期がありました。

しかしある先輩に相談した時、「JCを舐めるな」と言われました。「お前が一年何かしたから、JCはそんな壊れるような団体じゃない。自分が好きなようにやれ。もし、お前が間違ったとしても、必ずその次の年に修正される。間違ったり、失敗しても恐れる必要はないからやるんだ」ということを言われたんです。確かにそうだなと思ったし、単年度制の良いところだなと思ったんです。だから、自分が思うこと、また、神戸青年会議所が思うことを全国大会にかけて「これをやりたい」「これをお伝えしたい」ということを恐れずに、挑戦し続けてほしいと思う。

神戸青年会議所が主管なので、神戸青年会議所としてやるべきことはやるべきです。時間とお金をかけて、日本青年会議所の式典や卒業式をやるだけでは何も残らないんですよね。そこに気づいて何かやってほしいし残してほしいし、そこに挑戦をし続けてほしいですね。全国大会の主管を通じて神戸青年会議所がやりたいことが実現されることが大切です。「全国大会をやったから人が増えた」とかでもいいし、「運動に対する考え方が変わった」とかでもいいし、そういったものを必ず残さないと、絶対ダメだなと思うんですね。

なんなら日本青年会議所を食ってほしい。「あの全国大会っていうのは、こういうことをやった全国大会だったね」って言われるようになってほしい。大丈夫だから。何も心配せずにやりたいことやってほしい。

松井:このエールをもとに、神戸らしい全国大会を開催できるよう、メンバーにも発信してまいります。大変貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。

対談② 松井理事長 × 星加 ルリコ 氏

星加様の歩みと神戸への想い

松井:まずは、星加ルリコさんのこれまでの歩みと神戸への思いについてお伺いしたいと思います。大学1年生の時に阪神・淡路大震災が起こったとのことですが、当時は東京にいらっしゃったのでしょうか。

星加:はい、東京で一人暮らしをしていました。

松井:当時のニュースをご覧になられた時の衝撃は、計り知れないものがあったのではないかと推察します。

星加:ちょうど1年生の学期末レポートを徹夜で書いていて、朝の6時になっていたんです。提出が9時だったから書き続けていたのですが、その時に友人から電話がかかってきて「ルリコの実家、ニュースを見たらすごいことになっているから、テレビをつけて」と言われ、そこで初めて知りました。

松井:ご実家は無事だったのでしょうか。

星加:垂水区は一部破損で、実家自体は大丈夫だったのですが、ものすごい衝撃を受けました。

松井:ずっと過ごしてこられた神戸の街が、様変わりをしてしまったんですね。

星加:私にとって、人生が大きく変わった出来事でした。価値観というか、概念が変わるような経験で。そのまま東京に就職して起業するつもりだったので、もし震災がなかったら、神戸では起業していなかったと思います。

松井:その時に、神戸のために何かできる人間になろうと考えられたのですね。

星加:そうですね。それが大きなきっかけです。震災発生から1ヶ月後くらいに、何かできればと思って神戸に戻ってきました。神戸で電車を降りて、実家までずっと歩いたんですよ。その街の状況を見て涙が溢れてきて……復興のイメージがつかないぐらい、ずたずたになっていました。

松井:本当に元のまちの姿に戻るのか、全くイメージがつかない状況でしたよね。

星加:松井さんは当時、おいくつだったんですか?

松井:私は当時、小学2年生でした。

星加:私は18歳だったので、何もできないという自分の無力さを痛感しました。神戸の街を歩いた時に、「自分が東京で学んで、何かできる人間になって神戸の力になりたい」と強く思いました。起業をするなら神戸に戻ってくるというのは、そこで決めたんです。

松井:とはいえ、当時はまだ何もできない状況ですよね。

星加:ボランティアぐらいしかできなかったのですが、そこから学生時代の過ごし方や考え方が全く変わりました。

松井:そこから学びを深められ、10年後に神戸に戻ってこられるわけですが、もともとは大学で彫刻を学ばれていたとお聞きしました。

星加:そうなんです。木や石を削る本格的な彫刻をやっていたのですが、震災を経て、自分が復興に携われるような学びをしなければいけないと思い、建築や都市計画の方へ転向しました。

松井:アートから都市計画へ。すごい転換ですね。それが、今のブランディングのお仕事に繋がっていると。

星加:就職も都市計画コンサルタントに入りました。現在のUR(都市再生機構)、当時の都市基盤整備公団で5年間、住宅地計画や密集市街地の活性化といったコンサルティングの仕事にずっと従事していました。

松井:そこでブランディングとプロモーションを学ばれて、帰ってこられたという感覚でしょうか。

星加:18歳から28歳までの10年間で、過ごし方が激変しました。もし震災がなかったら、彫刻をもっと突き詰めていたかもしれないです。周りにもすごく驚かれたのですが、自分としては「コンセプトを立てて実行に移す」ということは同じで、表現の仕方が変わっただけなんですよね。

松井:彫刻も街づくりも、一つの立体構造を作るという共通点があるのですね。

星加:私の中では繋がっていることで。いわゆる都市計画家の方とは少し違う、アートの目線も持っているので、デザインと都市計画や企画を掛け合わせるということが、今の会社のブランディングの礎になっています。だから、神戸の街や街づくりにはすごく興味がありますね。

松井:星加さんのお仕事はクオリティが段違いだなといつも感じていたのですが、それはアートで培われた感性が根底にあるからなのだなと、今のお話を伺ってよくわかりました。そして震災から10年後、神戸に戻ってこられて起業されるわけですね。

星加:まだ27、28歳だったので、もう一社、大手広告代理店に転職しようと思っていたんです。でも、たまたま震災から10年の節目だったので、色々な方に都市計画の観点からヒアリングをして回ったら、行く先々で「仕事をしてほしい」と言われて。「転職活動中だったら、その間にこれやってみて」みたいなことを何回も言われ、じゃあやりましょうかと。本当に「起業するぞ」という感じではなくて、最終面接も受けていたのですが、忙しすぎて面接を断って「すいません、独立する感じになりました」と(笑)。

松井:ちょうど復興から街づくりへと、長期的な展望に変わるタイミングだったのですね。

星加:震災10年の節目で発信事業が結構あったのと、前職で行政やURの仕事をしていたので企画書が書けたんですよね。当時の神戸にはそういう人がなかなかいなかったみたいで。初仕事は神戸市のお仕事で、震災10年の発信事業でした。自分としては神戸のために何かしたいと思っていたので、培ったものが思いのほか早く活きました。正直、起業できるかどうかもわからなかったし、神戸を10年離れていたから縁もゆかりもないし、不安もありました。でも、お仕事をいただけるということだったので、まずは目の前のことをやろうと。気づけばスタッフも「一緒に働きたい」とついてきてくれて、自然と今の形になっていきました。

神戸の魅力に気づく

松井:10年ぶりに神戸の街を見たとき、どんな感覚がありましたか?

星加:もう、可能性しかないと思いました。山と海が近くて、この最高の自然環境の中でビジネスもできる街って、全国的に見てもなかなかないと思うんです。東京では満員電車にぎゅうぎゅうに乗り込んで、どこに行っても渋滞で、街が大きいからキーマンに会えるスピードもすごく遅い。神戸に帰ってきて「何この快適なビジネス環境」と思ったし、暮らしと仕事がこんなに近いというのが素晴らしいなと。帰ってきて初めて、自分が東京で鎧を着て暮らしていたことに気がつきました。

松井:神戸はコンパクトで、各界のリーダーにもさっと繋がれますしね。

星加:まさにそのコンパクトさ。大都会にないものがすべてあるし、都会的な良さもあるし、すごくちょうどいい街ですよね。

松井:星加さんは地域ブランディングの一歩目を「自分の魅力を自分が一番わからないこと」だとおっしゃっていますよね。神戸ビーフのブランディングやデザイン都市のプロデュースなど、さまざまな事業を手掛けてこられる中で、なぜ当事者は自分自身の魅力に気づけないのか。そして、その魅力を引き出すために最初にされることは何か、教えていただけますか。

星加:気づけない理由はシンプルで、自分にとっては「当たり前」だからです。神戸の人にとって、海と山がすぐそばにあるのは日常ですよね。それが明日なくなるなんて想像もしない。当たり前になると、どんどん目が曇っていくんです。だからこそ、よそものの目線が大事です。

松井:当たり前になっていて気づけないと。では、そこからどうやって魅力に気づくことができるのでしょうか?

星加:「褒める」んです。質問をしていく中で「ここすごいですよ」と伝えていく。中の人も当たり前だと思っているから、意外とみなさん褒められていないんですよね。私は短所を補うようなことはしません。長所を伸ばす。短所を補うのは時間もかかるし、今あるいいところを伸ばす方がずっと効果的なので。

松井:もっとテクニカルなことかと思ったら「褒める」。一番シンプルですね。

星加:一方的に「こうしたほうがいいよ」と言っても、当事者が動かなければブランディングはできないので。「自分のいいところってそこなんだ」と気づいてもらえると、自然と動き出したくなる。そこを引き出すのが大事なんです。ちなみに松井さんは、ご自身の魅力って何だと思いますか?

松井:あまりに深く考え過ぎないところですかね。素直に、難しいことを考えずに動けるところかなと。

星加:まさにそれが魅力ですよね。ご自身で認識されているのも素晴らしいです。もし分からないという方には、「自分ってどう見える?」と周りに聞いてみてくださいと言います。対話を重ねて深掘りしていくことで、本人に気づいてもらう。そこがブランディングのスタートなんです。

神戸らしさ ― デザイン都市神戸と「暮らし」というコンセプト

松井:星加さんは2008年に神戸市がユネスコ「デザイン都市」に認定される際のコンセプトメイクをされています。街全体の魅力を一つの言葉で束ねるという作業を通じて見えてきた「神戸らしさ」とは、どういったものだったのでしょうか。

星加:一言でいうと、「暮らし」です。デザイン都市の申請では、プロダクトデザインや工業デザインなどいろいろな切り口があるのですが、私は神戸を「生活デザイン」だと定義しました。神戸は暮らしとビジネスがとにかく近い。ファッションや食など、生活の中から生まれてくるビジネスモデルが毎日と結びついているんですよね。街並みが綺麗とか、みんなが思い浮かべる神戸のイメージがあると思うのですが、なぜそうなるかというと、そこに暮らす人たちが作り出している日常があるからなんです。

星加:例えば、東京の品川や東京駅に「暮らし」はないですよね。でも三宮にはある。駅を出たらパンの香りが漂ってきたり、街角を曲がったらビーフシチューの香りがしたり、瓦せんべいの香りがしたり。それが神戸の魅力なんです。パリもそうだと思うのですが、パリジェンヌのライフスタイルに憧れるように、神戸にも暮らしのブランドがある。それはすごいアドバンテージですよね。

松井:暮らしとビジネスと観光が、自然に混ざり合っているんですね。

星加:だからこそ、大阪のグランフロントみたいに駅前を開発するのは絶対ダメだってJRさんにもめっちゃ言ってるんです(笑)。三宮駅に六甲の間伐材で大きい暖炉を作って、「駅のコンコースがリビングです」と言うぐらいの方が、神戸らしくてかっこいいと思うんですよ。150万人の大都市でそれができるというのが、神戸にしかない強みなので。

松井:まさに暮らしが起点にあって、その上にビジネスや観光が成り立っているということですね。

星加:観光も同じで、暮らしを垣間見せるような観光がいいんです。パリが世界一の観光都市と言われますけど、みんな何を見に行くかというとパリジェンヌのライフスタイルですよね。何でもないパリっ子が使っている日常のパン屋さんに憧れる。神戸もそっちの方向で行くべきだと思います。

松井:それは他の街にはなかなかできないことですよね。実際にユネスコの申請では、どのように神戸を打ち出されたのですか?

星加:ユネスコの認定を絶対に獲得しないといけないというミッションがあったので、他のデザイン都市として認定された街の申請書を全部読み直して、どういう見方で通ったのかを研究しました。神戸の商店街も最高なんですけど、他の街にある商店街ではなくて、神戸ならではの価値として見せないといけない。

松井:「暮らし」をコンセプトに据えた上で、具体的にはどんなポイントを打ち出されたのですか?

星加:衣食住すべてです。ファッション都市としての神戸、神戸ビーフや洋食・スイーツ・パンといった開港からの食文化、そして住まいの部分では西神ニュータウンや安藤忠雄さんの建築、異人館など。震災復興の話だけではなく、神戸の人たちがどう暮らしているかという全体像を描きました。

松井:当時のプレゼンテーションで描かれた通りに、今の神戸の街づくりが進んでいるように感じます。あのコンセプトがあったからこそ、ブランドとしての神戸が確立されたのかなと。

星加:ありがとうございます。私だけの力ではなくて、皆さんがその後もずっと取り組んでこられた成果だと思います。

松井:こうした長期的な街の展望を作れたことにすごく驚きがあって、我々もこれから行政とはまた別の目線で、街づくりに向き合っていきたいと思っています。

「共創都市神戸」を実現するには ― 参加型と巻き込む力

松井:今年、神戸青年会議所では「Progress ~共創都市神戸へ~」というスローガンを掲げて活動しています。神戸青年会議所のメンバーは200人いますが、150万人の都市に対してはやはり小さな力です。行政や地域団体といったパートナーをどれだけ巻き込んでいけるかが鍵だと思っています。星加さんはデザイン都市・神戸のコンセプトを街全体に届けてこられた経験をお持ちですが、そのご経験を踏まえて、「共創都市神戸」を実現していくために大切にすべきことは何でしょうか。

星加:「参加型」であることだと思います。今の時代、情報はあふれていて、ただ発信するだけでは人は動かないんですよね。大切なのは、小さくてもいいから一緒に行動してもらうこと。「ちょっとこれお願いできますか」という小さなお願いを、一人でも多くの人にしていくことだと思います。

松井:最初から賛同してくれる人を集めるというよりも、一人ずつお願いしていくということですか?

星加:人って、信頼している人から「お願い」って言われたら動いちゃうものなんですよね。私も今回、松井さんから直接オファーをいただいたから受けたんです。正直、他の方からだったら受けていなかったかもしれません(笑)。

松井:我々の厚かましさの根底には、町を良くしたいという思いがありまして(笑)。

星加:その思いに共感するから応援したくなるんですよね。皆さんの取材準備を見ていても、企画力がすごいなと思いました。大事なのは、まず自分たちが熱意を持って汗をかくこと。その上で、負担にならないちょっとしたお願いを、いろんな人にかけていく。例えば「街の話をしたいんで1時間だけ」とワークショップに呼ぶとか、そういう小さな接点を積み重ねていくのが、結果的に一番早いと思います。

松井:それはさまざまな活動のヒントになりますね。我々も自分の時間とお金を差し出してボランティアで活動しているメンバーが200人いますが、40歳で卒業していくので常に仲間を増やしていかないといけない。そのときに、何をしているかだけを伝えても刺さらない。「なぜやるのか」というビジョンを伝えることで、気づけば巻き込まれている、という形が理想ですよね。

星加:そういうことができる方が、青年会議所の卒業生には多い気がしますね。教育機関のような場で学んで、40歳を超えてまた社会に出てリーダーシップを発揮していくっていう。

松井:「小さなお願いをしてください」というメッセージは、メンバーにもすごく刺さると思います。

星加:この時代に大切なのは、応援したいと思ってもらえるかどうかだと思うんですよ。応援されたらこっちのものですよね。だから、どうすればみんなに「応援したい」と思ってもらえるか。それが「共創都市神戸」を実現する一番の鍵だと思います。

松井:「小さなお願い」から始めて、応援してもらえる存在になること。まさに我々がこれから実践していくべきことだと思います。本日は貴重なお話を誠にありがとうございました。

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